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【よみがえれ!!】 ある製品を復活させるのがたった二人のチームの目標でした。会社ではもう売るのはやめようとカタログの製作も打ち切った、型は古いですが名機があったのです。 私も2回ほど手がけましたが完成するまで半年はかかる代物です。このご時世にそぐわない物でした。 設計が原案の図面を作り、私がそれを見て設計図を初めから書き、そしてその設計図により工場で製作され、そして私の手元に戻ってきて、それにプログラムを作り命を吹き込むという工程です。 手間がものすごくかかる超特注製品だったのです。 超特注品の為、各パーツが細分化されていて、そのため非常に設計図が書きにくく、工場も毎回図面とにらめっこしながら製作してゆくので、すごく製作時間がかかります。 私は設計するたびに工場から愚痴を言われました。 「もうちょっと作りやすく何とかならない?」 「これでは人件費がかかりすぎてしまう!」 「年に1、2台の製作とはいえこれはめんどくさい!」 「君は図面書くだけだけど、作るのはたいへんなんだぜ!!」 みんな勝手な事ばかり言います。私だって文句の一つも言いたい!! 設計図面を考えるのが、これを稼動させる最後のプログラム作りがどんなに大変か・・・・! 設計図を書く私は、製作するみんなが苦しむのがわかりながらそれしか今の技術ではどうにもできない事を知っているがために、私からの文句は決して言えません。 たとえるなら、車にプロペラをつけて飛べるような物にしたり、潜れるような潜水艦にしたりするような特注製品です。それも毎回、座席数とか本体の大きさが違ったりのような感じで過去の設計図と必ず違い、過去の図面が使えず手におえません(苦笑)。 みんなため息をつくばかりです。 私も「ふう〜」です。 でもこれを何とか皆が作りやすくするのは、発想を変え、新しい技術にチャレンジしなければならないので生半可な事では太刀打ちできません。だから決して誰も手を出そうとしませんでした。こうやって話す私も同じでした。 目指すべきものは、車にプロペラを付け、潜水艦のように水の中にも潜れる機能も持った、大きさが自由に組替えられるような製品を目指さなくてはなりませんでした。 ある人が私の開発部署に転勤してきました。工場勤務で製造組み立てラインで働いていたのですが、他の人たちと協調性がまったくなく、仕事もしない、いわゆる引き受けて手がないので飛ばされてきた人です。案の定、私の部署でもあっという間に皆からいやがられ、一日中何にも仕事を与えられず、一日中することがなく、このままではすぐにやめてしまいそうな人がいました。身なりはイヤリングをして、渋谷なんかにいそうな若者でした。 ある時、彼が言いました。 「何とかこの製品復活させられないかな?」 「製品としての完成度は高いのになぁ」 今のままでは消えゆくさだめです。そこにふと彼は哀愁を感じたのでしょうか・・・・。 彼の意外な一面を見たような気がします。 私はひらめきました。彼と一緒にこれを実現すれば彼に自信をつけさせる事ができる。これは初めて仕事をやる気になってくれているのか? でも二の足を踏みます。こいつを甦らせるには生半可の事では太刀打ちできません。もちろん一人でもできません。どうやって大勢の人間をこの開発プロジェクトに引き込むか? 私は別に仕事としてはどうでもよかったのです。彼と一緒に最後までこの計画をやり通す事が目的の全てでした。そして大勢の人がこの製品に悩まされる事がなくなれば幸いです。 私はどうしてもこの状況をほっておけなかった・・・・。 馬鹿な挑戦だったのかもしれません。 通常の業務をこなしながら挑戦を始めました。 まず多くの部署を引き込むために、機会があれば各部署を説得して周ります。 「なんとかコスト等を下げたい! その為には作りやすく使いやすい物を目指したい!!」 「その為にはぜひとも皆さんのご協力が必要なのです!」 しかし、どこへ行っても相手にされません。この製品を私の前に手がけていた人は言います。 「絶対無理だからやめておけ! そんな苦労は無駄なだけ。どこの部署だって都合の良い事言うけれど、わざわざめんどくさい事を手伝ってくれないよ!」 私にも不安が残りますが、ふと見ると後ろでがんばり始めた彼の姿が目に入ります。 たった二人チームからのプロジェクトスタートでした。 会社も最初は通常業務を遂行してくれてれば別に後はどうやってもいいよという態度です。もしできればもうけ物、失敗したって別に問題ないなんて考えでしょうか? ただでさえ残業が絶えない状態なのに自分から余計な物を背負ってしまったのです。 何度止めようか、あきらめようかと思ったかしれません。そのたびに後ろを振り返るとたった一人のチームメンバーである彼が付いてくれてます。 「ここはこういうふうに設計してみたいんだけどどうかな?」 「この機能はいらないよね?」 これを見て私は勇気を出しました。人間捨てたものじゃないって!! わざわざ苦しい事を買って出てくれる人がいるなんて、それもこれに悩まされている人々を助けようなんて・・・・。単に仕事の枠を越えていました。実際、私にプラスになるものなんて何もありません。 私はこんな彼を見捨てるわけにはいきませんでした。ただ人を信じてみようと思っただけです。 そしてみんなが喜んでくれる笑顔が見たかっただけです。 たくさんの いやなこと 忘れたいことが 増え続ける毎日 誰を頼りにすればいいのか 何を信じてゆけばいいのか どんなときでも 前を 前だけを向いて 歩いてきたつもりだけれど あらぬ方向へと 歩いているのかもしれないとさえ 思ってしまうこともある 空を見れば果てしなくて 海を思えば遠すぎる いま ここにいる自分が 何を求めているのかさえも この頃はわからない 言葉も するすると 自分の手からこぼれ落ち まるで 違う言葉となってしまう 何を、伝えたいんだろう わたしは みんなに 何を伝えたいんだろう 少しだけ 自分を見失いつつある 毎日きびしい日々を過ごします。 私が実験を繰り返して指示をし、彼が理想を設計図にまとめてゆきます。新しい設計方法をとらなければ、何も変わりません。前製品を徹底的に研究し、検討してゆきます。 部品の選定も一からです。コスト削減のため、あちこちの業者に電話し、こっちの要望の部品を探します。彼は高専卒、私も出身は経営工学なのでまったく電子回路の知識はありませんでした。 もともとまったく技術がない素人の二人組です。毎日勉強の日々です。頭がおかしくなりかけて、二人して意味もなく夜中に笑い出したこともあります。 すべての事象において、人よりまったく劣っている、私はずっとそういう劣等感を持っています。人が一回で出来る事を何度も何度も繰り返さないと出来ない自分・・・・。人の何倍もやらなければ人並みの事が出来ない自分。ときどきこの頭の悪さにうんざりする事もしばしばです。 『風のたより』に出会うまでいつも孤独でした。世の中は何でも人と比較します。 「みんな出来るのに何で君は出来ないの?」と。 ずっと人と比較される度に落ちこぼれと言われてきました。 いつも自分自身に言い聞かせます。 「そんな自分に勝てなくとも、自分には負けたくない・・・・」 彼が私の部署で落ちこぼれている事が私にはとてもいやでした。何とか誰とでも張り合える自信を持ってほしかったのです。もし人並みの事が一回でできなかったら二回やればいい、それでも駄目なら三回やればいい! 各部署へ説得の甲斐があって、ついに半年後の展示会への出品が正式に決まったのです。これで予算がおります! しかし、そして 「失敗の許されないプロジェクト」 になったのです。 二人だけのミーティングを毎日開き、予定を確認しあいます。 油断しているとあっという間に予定が遅れます。その間も通常業務が容赦なく二人に課せられます。 私は毎日夢の中で回路図を書くようになりました。夜中にひらめいた事も何度かあります。 「あっ、この方法を明日試してみよう!」 枕もとにノートを置いて、夢で出てきたアイデアはすぐ書き留めるようになりました。朝になるとすっかり忘れている事が多いからです(苦笑)。 そんな事情を知ってか知らずかわかりませんが、とりあえず他の部署の人たちは私達をうとましく思わずに話を聞いてくれ、そして協力的になってくれました。 どんどん製作は進んでゆきます。 試作品のお披露目会の日がきました。 ついに完成したのか!? 日本中から代表社員が勉強しにきます。朝日がまぶしく窓から差し込みます。しかし、当日の朝、製品はまだ動いていませんでした。 私達は最後の一週間は毎日徹夜でした。 たった一つ重要なところが原因不明で動かないのです。昨晩からずっとやっているのですが原因が皆目見当つきません。私の担当部分が最後の決め手でした。 「駄目だ、もう時間がない、とりあえずこのままお披露目しよう!」 彼も反対はしませんでした。これ以上、私はできないと思いました。衰弱していて立っているのもやっとの状態です。 しかし、ここであきらめてしまっていいのか・・・・? そんな想いが二人にはありました。今日のためにがんばってきたんだ!! ここでどんな人間でも努力すれば何でもできるんだということを示したい! 私は集まってくれた30人近い社員の前に進み出て言いました。 「今日はお集まりいただいてありがとうございます。申し訳ありませんがまだ完成していません。つきましては午後までお時間をいただきたい。午後までに必ず満足いただけるようなものをご覧に入れます」 なぜ? どうして?? 必死に原因を追求します。しかしどうしてもわかりません。 夕べからずっと調査しても動かないのにあと数時間でわかるとも思えませんが、彼の為にも引き下がるわけにはいきません。 窓の外を見ます。どこまでも広がる青い空・・・・。ここまでやってこれた事を回想します。 自分で十分やってきたと思います。好きでやっているわけではありません。がんばってきましたがやはり才能はないと思います。 『風のたより』と関われる時間も少なく、休みは全て『風のたより』の活動に充てましたがそれでもほとんど皆に会えない日々です。 仕事か、飯を食ってるか、寝てるか、『風のたより』に関わってるかに全ての時間を充ててきました。 ここは頑張りどころです。そう言い聞かせてもう一度システムのチェックにかかります。 「・・・・原因がわかったぞ!!」 奇跡的に原因を探り当てたのは、時計が午後になる直前でした。 私はみなに取り囲まれて評価されている製品の横でボーっと腰掛けていました。倒れそうな私の代わりに後は彼が引き受けてくれていました。 「ここは俺がやるから休んでな!」 今まで一緒に仕事をしてくるうちに、彼はいつのまにか自然とイヤリングなどもしなくなりました。この仕事を通じて今では誰とでも臆さず話せるようにまで成長してくれました。 私の前で大勢の社員に質問攻めされて、嬉しそうにテキパキと答える彼を見て私は一番嬉しかったです。 彼にはこれを自分の力で作り上げた自信が備わっていました。 よみがえりました!! 今では一番売れている製品に成長しました。価格も今までの半額、コストは大幅減です。製品カタログももうすぐ完成します。 2年前に組んだ、私と彼との2人だけのチームもこの3月に解散し、4月から彼が代表格でこの製品にたずさわってゆく事になりました。若い別のメンバーが付き、彼らへ指導しながら彼が今後は頭としてやってゆきます。 高専卒の彼がほとんど年も違わない大卒の若い技術者に教えてゆくのです。すでに彼の技術は大学出の若い技術者に負けません。 あきらめず、がんばれば学歴なんか全然関係なく、人間何でもできるようになることを彼は実践してくれたのです。 つらい日々でした。彼と何度も喧嘩しました。 毎日、昼休みもありませんでした。 パンをかじりながら机で図面とにらめっこ。 出勤途中、 「あれっ?、今日は電車がすいてる・・・・。ああ、日曜日か・・・・?」 月に一日休日があれば良いほうで、まったく休みが取れない月もありました。 さらに毎日終電まで机で設計し続けました。 一番困ったのは洗濯物でしたね(苦笑)。 特にここ半年くらいが一番ひどかったです。この間『風のたより』で私に問い合わせをいただいた方々への返事等が大変遅くなった事、お詫び申し上げます。 私は今 「曽原はロボットみたいに働くなぁ〜」 と言われています。 はは、しかし私が真の目的とした事は、彼以外知らないでしょう・・・・。 いや、彼も気が付いていないかもしれません。 この2年の歳月が良かったのかどうなのか私にはわかりません。 もったいない時間を過ごしたのだろうか? なぜ仕事をがんばるのか、さまざまな理由が人にはありますよね。 お金のため? 生活のため? 名誉や地位のため? 夢の実現のため? 旅人の私には・・・ 今の多くの大人たちは人間関係やそれによる愛を培うという 人生90年ほどでおこなう最も重要なことをないがしろにしているような気がします・・・。 私は人生において、人として最も大切なものを大事にして生きてゆきたい・・・。 遥か遠くに見果てぬ夢 旅はまだ終わらない・・・・。 マネージャーより |